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重松清さん講演会  家族の力

重松清さんの講演会がありましたので、出かけてきました。
タイトルは「家族の力」です。

冒頭に「●●力」というのは好きではないとおっしゃっていましたが、
結果的には、「家族の力」とは何か?親が子供にできることは何か?
というテーマで興味深く伺うことができました。

最も感銘を受けたポイントは・・・



小説や映画や漫画。
いわゆる物語というのは、いろいろある。

しかし、一つだけ共通しているのは、
みんな主人公が「困っている」ということ。

何も困ってなくて、迷っていない主人公はいない。
みんな思い通りにならないことを、何とかしようと頑張っている。

必ず、困る。でも、必ずあきらめない。
ハッピーエンドではないかもしれない。
でも、主人公があきらめたら、小説は終わる。


わが人生に悔いなしという人はいない。

後悔や悩みに勝る説得力はない。





正解は言えない。

たったひとつの正解を求めて、
迷ったりするチャンスを捨てて、
他人に決めてもらうことは止めよう。


自分で悩んで迷って・・・。

自分の小説は悩んで迷っている人に読んでほしい。
迷ってない人に僕の小説は合わないと思う。




以下は、講義の議事録メモです。

興味のある方はどうぞ。

20091201夕学五十講 重松清 家族の力

出版社勤務は11カ月
それからはフリーターのような生活
社会人のみなさんに、いろいろ言える立場ではない。

ほかの子育て論などでは聞けない話をしようと思う。

家族の力というタイトルだが
「力」というものを信じていない。

「●●力」といった「力」ばっかり言われるようになった

僕らがこどものころ 上から押さえつける力が一番うっとうしかったはず。


40代50代のみなさんは実感としては同世代。
今、46歳 東京オリンピックの前の年に生まれている。
いわゆる高度成長期。

父親母親は戦争に入ってないが、体験、食糧難を経験している世代。

親が子供に何を託すか?
一番わかりやすいのは、自分ができなかったこと。
自分たちは戦争でこんな大変な目にあったのだから、戦争の経験はさせたくない。
私の父は戦争中に食糧難でいつもおなかがすいていて、
かぼちゃを食べすぎたので、もう食べたくない。

親としての甲斐性は、ひもじい思いはさせないのだ、ということ。
生きがいであり、目標。幸せであった。

おふくろは家庭の事情で、大学に進んで勉強がしたかったのができなかった。
こどもを大学まで出してやるのが、生きがい。
高校時代から奨学金をもらっていたくらい貧しかったが、
内職でへそくりをためて大学にいかせてくれた。
娘には一生働ける仕事につけるようにという教育をした。(教員になった)

(父母の世代は)
苦労をしてきたようにみえるが、「こういう風にするのが親の務め」というのがはっきり見えていた。
モチベーションというのがはっきりしていた。

「坂の上の雲」を目指して頑張ってきた。
目標とすべき雲があった。

いつかはクラウンという言葉(広告コピー)があった。
自転車→原付→自動車→カローラ→マークⅡ→クラウンという道があった

「隣の車が小さく見えます」
「大きいことはいいことだ」そんな広告コピーもあった。

より大きく、より高くという目標があった。
子育てでも、高卒より大卒、という目標があった。

4年くらい前「三丁目の夕日」がヒットしたとき、
昭和は古き良き時代と言われた。
実はそんなことはない。
活気はあったが、上り坂を外れてしまった人に対する
無理解や偏見はたくさんあった。


おふくろはいろいろな仕事をやった。
おみやげの提灯づくりの内職をやっていた。
そのころの日本には、3歳児神話というのががあった。
3歳まではお母さんと一緒にいないとダメになるという話。
1歳から保育所に預けているおふくろは失格ということになる。

30年経った今では、何の意味もないということがわかったが、
ひどい話だと思う。

「カギっ子」
「一人っ子」蔑視されていた。
甘やかされるのでダメという風潮があった。
さみしい、かわいそう。ということを言ってしまう。

世の中全体の価値観のなかで、それを自然に選んでしまっている。
嫌な思い、つらい思いをしてしまっていたはず。


「標準世帯」という言い方がある。
その発想が生まれたのが昭和30年世代。

専業主婦でないと、標準ではないということになる。
子どもは、学校に通っていることが標準。

家族がみな健康が標準。
障害を持っている人がいれば標準ではない。

大きな標準があった。
その定義をそのまま当てはめると今は3割を割ってしまう。


専業主婦の発想の根底にある「きょうの料理」という番組。
今まで材料は4人分だった。

今年の4月からすべて2人分になった。
家族の構成が崩壊したことを物語るエピソード


この時代に標準はあるのか?

おそらくない。
みなさんも決めつけてほしくないと思っているはず。

80年代に価値観の多様化を進めすぎた。
「個性」ということを言いすぎたという反省がある。

家族というのはこういうものだというのを言っても、
子供の世代になると、また、違うと言われる可能性がある。
ぼくはそれが「愛」だと思っている。


もっともっと揺れ動いていいのでは?

揺れ動くのは、不安があるから。

不安があると、正解を決めてくれという発想になる。

なんで子供をめぐる話や教育をめぐる話が右に触れたり左にふれたりするか。

自分の生きてきた時代を正解と思わないでほしい。

昔はよかった という話はしないでほしい。

子供をそだてるのに一番邪魔になるのは、姑の関与。

姑は2009年の紙おむつの性能を見ているわけではない。

ほんの5年でも、上の子の時よりも下の子のときの方がよくできている。

2009年を見ないで、昔はよかったと持ち込むのはフェアではない。

政治家や官僚の中で、2009年の学校教育の現場に足を向けたヒトがどれだけいるか?
2009年の現場を見れば見るほど、ガツンと言えなくなる。


自分が生きてきた時代=自分が知っているもの。

人間は知っているものはもう知ろうとはしない。




ハイジャックのハイというのは、何を意味しているか知っていますか?
ハイ=高い?
では、ジャックは?

ハイジャックのハイは高いという意味はない。
ハイは呼びかけ

まるで、友達のように「ハイ! ジャックという」呼びかけ

じゃあ、バスジャックは?
NHKでは、バス乗っ取り事件という。

実は、船も鉄道もすべてハイジャックというのが正解。

正解を知ろうとしないまま、みんながまちがっている。


息子を持つお父さんにやってほしい
お父さん自身も自分の中学生、高校生のころのことで、決めてしまう。

妹の時は、お姉ちゃんの時のことできめつけてしまう


そういうのを聞かされる身になって考えることが大切。



携帯電話を持たせるかどうかが問題になっている。
私の考えは、それぞれの信念に基づいていればいい。


下の娘がけいこごとの時は携帯を持たせていた。


この10年間で公衆電話が減っている。
昔は10円だまさえあれば、とりあえず、連絡できた。
今は、それができない状況。
そこまで込みで考えないといけない。


どっちにしたって、持たせる持たせないというのは、
その家族の判断でやればいい。

いったいどれだけの公衆電話があるか?

知ることは簡単なはずなのに、知ることを止めてしまうのは悪。



困らない親はいない。

正解はたいがい一つ

迷うときは道がたくさんある。白黒つけられない。


例えば夏場。昔は団扇をつかっていた。
扇風機になり、エアコンになる
1室だけから、全室になる。

扇風機をエアコンに買い替える時は誰も文句は言わない。

でも、エアコンをエアコンに買い替える時は、難しい。

涼しさは同じとなったときに、そこから自由になる。
エコ、掃除のしやすさ、消臭機能、値段、デザイン。

何が正解なのか他人には言えない。
何を選んでも本人がよければそれでいい。

しかし、みんなが「いいもの買ったねー」とは言ってくれない。
絶対的な正解がない。ほめてもらうことが実感できなくなった。


自由のなかで理解をえられいない状態か、
決められた正解のなかで決めるのがいいのか。


しかし、まだ「羨望の」といった、他人からの価値観が日本の価値観のなかに残っている。


100対1で決まることなら迷わない。
多様化のなかで、結論が割れることが多い。


例えば、新幹線の自由席。
座れないかもしれないが、移動が可能

指定席
絶対に座れるが、都合で移動ができない

どちらをえらぶだろうか?

(次の例)
会議をするとき、多数決が基本というコンセンサスはある。

みなさんの会社で重要なことを決議するとき。
80対20だったら決定でいいと思うか?
70対30なら?
51対49なら?

多数決は絶対だ。いや、3割の反対は無視できない。
反対派1割が全員役員だったらどうする?

いろいろな価値観がある。

「いろいろある」というのを伝えていくのが大人の役割ではないか。


中学生が考えている選択の幅があるとすると、それを広げないといけない。
親が狭めてしまうといけない。



僕は子供たちを主人公の小説を書いている。
なので、こどもたちからたくさん手紙をもらう。


いちばん多いのは、人間関係についての悩み。

最近変わったと思うのは、以前は「引っ込み思案で友達ができない」という悩みだった。
それが、今一番多いのは、「表面上はたくさん友達がいるが、心を開いて相談ができない」という悩み。
演じるのがつらい。
空気を読むのに疲れた。

おなかいっぱいになってしまった。
そのことが新しい孤独を呼んでいる。

空気を読みながらやるのに疲れている。


昼食のラーメンとハンバーガーの話。
5人で出かけたとき、自分はラーメンを食べたいと思っていたとして、
意見があわないときに、「じゃ」といって、一人でいくかどうか?
行くと言う人もいると思う。
では、もう一人、賛同者がでたらどうか?
色々な考え方がある。付き合いを優先するかどうか。


いろいろな考えがあることが、僕は好きである。
矛盾やしがらみがある。
その中を毎日を生きているのが大人

大人の方がこどもよりもいろいろな悩みの中で、うまくやっている。

大人はこどもを引っ張っていくよりも、セーフティーネットでいいのではないか。

なにかあった時に、受け止めてあげる存在。



小説や映画や漫画。

いわゆる物語というのは、いろいろある。
しかし、一つだけ共通しているのは、みんな主人公が「困っている」ということ。

何も困ってなくて、迷っていない主人公はいない。

みんな思い通りにならないことを、何とかしようと頑張っている。

必ず、困る。でも、必ずあきらめない。
ハッピーエンドではないかもしれない。
でも、主人公があきらめたら、小説は終わる。


わが人生に悔いなしという人はいない。

後悔や悩みに勝る説得力はない。



NHKで自殺防止のキャンペーンがある。
自死遺児の取材をしている。
あきらめないということ、おわらないことが大切。


家族の力や親の力というのは、数字で表せられない。

子供が小学生の時の家族の力と、思春期の家族の力は違うと思う。

年代が進むと、子供をどう育てるか?というよりも、
子供を育てながら、どうやって親を見送るか。
そいうことが大切になってくる。

正解は言えない。

たったひとつの正解を求めて、
迷ったりするチャンスを捨てて、
他人に決めてもらうことは止めよう。

自分で悩んで迷って・・・。

自分の小説は悩んで迷っている人に読んでほしい。
迷ってない人に僕の小説は合わないと思う。


==========================
以下、質疑応答

自分の会社でも「おれの時は」といわれることが多い。
そういう上司から武勇伝を聞くことは、嫌なことではない。
物語を語ってくれる上司は私にとっていい上司。
親が自分の物語を語るのはどうか?


A→
不便な時代を生きた方が強い。
以下に苦労したか、不便だったか。

今は、親子で世代が差がない。ドラえもん、サザンを共有
成功体験
今の子よりも、私たちの時代は恵まれていたと思う。
成功体験だけを武勇伝として語ってしまうと、反発してしまうのではないか。

職場の上司の武勇伝を聞くときは、聞く方も酔っている。
お父さんの武勇伝は、子どもはしらふである。
子どもは一杯飲んで憂さをはらすことができない。
有給休暇もない。とりあえず、学校行けという話になる。


なんで子どもたちに本を読むのがいいかというと、実体験に足らない部分を補えるから。
==========================

Q中学生へのメッセージを何かお願いできないか。
おみやげに持って帰りたい

A→
なんだかんだ言って、私は子どもが好き。
次代を担うとかそういくことでなく、
子どもが子どもであることに意味がある。


もうすぐ47歳になるが、46と47に大した違いはない。
子どもたちの1年はすごいこと。
赤ちゃんでうまれて、1年で歩き始める。
動物として、命としてすごい。
その命は全面肯定したい。
尊くて重い。
それと同時に命は弱い。
あっという間に終わってしまう。

もう一回、自分の命に戻らないといけない。

なぜ、命の大切さを学ぶのに、うさぎを飼わなくてはならないか。
生きていることが、

一緒に頑張りたい。

子どもたちには特権がある。大人になったらまた会おうといえる。
大人になった時の姿は見当もつかないけど、生きてほしい。

生きるのがつらくなったら、へたったっていい。
手をついたって、土俵を割ったっていい。
土俵を広げるのも親の力。
徳俵(とくだわら)を広げるのも親の役割。


======================

自閉症の子供を持つ親にとって読むべき本は?

A→
障害のことを具体的に描いた本はないが、
「青い鳥」という本がある。

大人、学校の先生が、そばにいることの大切さを書いた作品。

(その子の)そばにいられるひとが増えるといいですね。

======================

Q中2の息子はゲームばかりやっていて、本を読まない。
小さいころは読み聞かせをしたのに・・・・
読むきっかけづくりのヒントを。

A→
本という形で読まなくていいと思う。
メールのテクニックはすごい。。作文力は上がっているかも。

僕も、高校時代にマンガ以外で読んだ本は、矢沢永吉の「成り上がり」だけだった。
私の人生に影響を与えた本。

友達からの「よかったよ」という推奨に勝るものはない。

好きな女の子ができたら、見栄を張りたくなるので本を読む。
中学生にとって、見栄の読書や、エッチな部分だけで読む本もアリだと思う。

役に立つとかそういうことに直結させることは意味はあまりない。

学校で言われる読書はすぐに感想を書かせるが、本当は感想なんて一生かかって感じるもの。

=======================
Q母を亡くしたあとに「その日の前に」を読んだ
重松さんが、死に向き合ったいきさつ

A→
子どものころから、周りで結構死んでいる
自殺で身近な人間がいろいろなくなっている。

だから生きていてほしいと思う原点。

最近、自分の年で死んだ人もいるのかなーと思うと、いろいろ考える。
著名人でもいろいろいる。

死を意識するのは、生を感じるとき。
本気で意識したのは娘が生まれたとき。
こいつが死んだらどうしようと思った。
生を知ることが、死を知ることかもしれない。


=======================
Q「疾走」だけが、ほかの作品と違っている
制作の意図を。


A→「失踪」は、僕のいちばんヘビーな部分を書いた。
たとえば、ビートルズにも、ロックもバラードもある。
人間には幅がある。

当時「疾走」と「ビタミンF」を同時に書いていた。
ヘビーなものを、自分のなかの「重し」として書いておきたかった。
同じものばかりをやっていたらあきるし。

僕は、実は官能小説もたくさん書いている。
夕刊フジと日刊現代に同時に書いていたくらい。(笑)

=======================
流星ワゴンを読んでいた。

A→
あれは、おやじとの仲直りの話。
おやじとは仲が悪かった。
自分がおやじになると、だんだんおやじが好きになる。

仲直りは死んでからかもしれない。

娘と父親はどうしよう?と思う。
いずれまた、大きなテーマとして書きたい。


なんでお父さんが大変かというと、
お母さんは「私がおなかを痛めて生んだ子だ」と言えるものがある。
お父さんには何も無条件に言えるものがない。

昔の社会は、社会としてえらいと言ってもらっていた。
それが今はない。

弱いんだ、だけどいいんだ、という小説を書いているつもり。

親をやりながら、夫をやり、社会人をやり、会社人をやり、
まだ子どもでもあり。
いろんな立場で大変な時間を過ごしている。

今日はみなさんと
ご縁があってうれしいです。

またどこかで会いたいと思います。

毎日大変なお仕事をされていて、みなさんに支えてもらっているという感覚です
ありがとうございました。


[ 2009/12/06 02:01 ] 講演会 | TB(0) | CM(0)
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ベネッセで雑誌とWebのメディアマーケティングを担当する部門のブチョー。ソフトバンク・アカデミア外部1期生(現在参加中)。
「発信内容は個人の意見であり、必ずしも組織の見解と一致しているわけではありません」

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