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いつもSmileでいたいと願うLeaderの、日々の気付きをとりとめもなく書き留めたブログです。

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小池龍之介さん 自己洗脳の罠の外し方

「考えない練習」がよかったので、小池龍之介さんのお話を伺いに出かけました。

考えない練習
考えない練習
posted with amazlet at 10.06.21
小池 龍之介
小学館
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さすがに本が売れているせいもあってか、予約は満席。
会場には10分前に着きましたが、すでにかなり埋まっていました。

まず、びっくりしたのは・・・・
すでに檀上で小池さんが瞑想中。
しかも、本当にピクリとも動きません。
とても穏やかな表情。そう、「考えない練習」の表紙のような表情です。

もうひとつ、びっくりしたのは、・・・・
声が小さい。ささやきボイス。

もう少し、一般的な和尚さんの講和的な展開を予想していたので、
正直びっくりしました。

本当にマイクがないと聞き取れないくらい。
いわゆるプレゼンや講演などでは、普通はないくらいボソボソとしたしゃべりです。
しかも、時折、突然「半眼瞑想」の状態に入ります。

聞いているうちに、これも人の関心を惹きつけるための一つの方法なんだなと思いました。
たぶん、小池さんは単に「無理していない」という状態なのだと思いますが。

小さい声であればあるほど、観衆は聞き取ろうとしますからね。
まあ、内容が重要そうであるオーラを出せている場合のみですが・・・(笑)



さて、肝心の講演の内容ですが・・・

現代人が陥りがちな「すり替え」による自己正当化、感情のごまかしについて、
さまざまな事例を基に語っておられました。

個人的に、一番心に響いたのは・・・・
講演がスタートして、2時間経過した、ラストの質疑応答の部分です。

「日本人に自殺者が多い。幸福度が低いといわれる。
それは、なぜなのか? どうすればよいか?」という質問を
受けた時の、小池龍之介さんの対応でした。

答えを探しながら、、、すぐには返答ができず、迷っている様子。
そして・・・
「わからないことを、わかろうとするのがダメ」
「よく思われたいと思う感情にまきこまれてしまう。
自分のできること以上にやろうとしなくてはならなくなる。
さらにそれをごまかさなくてはならなくなる。」


このように、講演の内容の実践を、正直に隠さずおっしゃったことでした。

私は、正直、この部分が最も共感し、日々の「考えない練習」の
取り組み方が一番ストンと腑に落ちた瞬間でした。


ただ、これに対する気持ちとして・・・
「よく思われようとして頑張ることも、大切ではないか?」
「ごまかしているうちに、上手くなる」
という気持ちもムクムクと立ち上がってきました。

いろいろと考えさせられた2時間でした。

以下、追記部分は、講義メモのダダモレ全文です。



20100616夕学五十講 小池龍之介 自己洗脳の罠の外し方

月読寺住職、正現寺副住職
小池龍之介

1978年山口県生まれ 東京大学教養学部卒
2003年Webサイト 「家出空間」を立ち上げる


私たち自身について、どれくらい知っているか改めて振り返ってみると・・・
自分のことくらいわかっているつもりで生きている。

こういうことが好きな自分。
嫌いな自分。

どういうことが好きかと尋ねられたら、答えられる。

自分の性格を分析して怒りっぽいとか、あわてん坊であるとか
そういうように自分のことを理解しているはず。

しかし、それが、いかに自分のことを理解していないか
ということについて考えてみたい。



先日聞いた話・・・。


奥様同士のはなし
かつて、どんな仕事をしていたか?

とても大きな電機会社に勤めていたことを話そうかと思って、
自慢しているように思われてはいやだと思って、
なるべく自慢話にならないように話をした


しかし、数日後、自慢話をしていたように言いふらされてしまって、
とても嫌だったという話。


本人は自慢しているつもりはない。
自分が知っているのは、自分というのは謙虚な自分であるということ。

会社のことを気にしているがために詳しく話してしまった。
しかし、どこかに自慢に思う心があって、それが出てきてしまう。

そして、何より問題なのは
これは、自慢話になりかねないと気にしてしまったとたんに、
意識してしまい、それが間接的に伝わってしまったのかもしれない。
ということ。

本人はそんなことを自慢していないつもりという認識
周りの人から自慢していると取られると、とても心外である。

残念ながら、私たちは自慢に思わないことは不可能に近いと言わざるを得ない。

自分の価値や値段を釣り上げたいと、しばしば思っている。

その価値を上げるために、良いイメージを植え付けたいという強い衝動を持っている。
あいにく、そのような強い衝動をさらしてしまうと、相手もそういうように思っているので、
総体的に競争相手になってしまい、そのことによって、嫉妬の気持ちが湧きあがってくる


その時に決定的なのは?????

自分によいことがあったら言いたくてたまらない

子供のころ、テストの点数が気になる
良い点を取ったら、すぐに言いたくなる。
ところが自分がどのように思っているかと認識すると、
自慢したいという気持ちではない。

喜ばしいことを実現した。
そのことを共有すると、相手もよろこぶに違いないと思っている。


Web上に記している日記に、誕生日プレゼントの写真を載せる人がいる。
これだけの人から、祝ってもらえる、人間だということを
自分に言い聞かせようとする。それを人に気付いてほしい。

自分の値段を釣り上げようとすることに気付くと、(日記が)続かないので、
気持ちをすり替える。

こんな楽しいことを共有するべきだというように。

人は、良心の呵責を感じないように、すり替えることを何度もやっている。

みんなが喜ぶことをやっているんですよーとか。
そういうことにすり替えようとする。

人生を通じて何万回も、そうやって大義名分を持って、
自慢を共感にすり替えたり・・・
嫉妬しているのに、尊敬しているとすり替えたり。

そういうすり替えを繰り返し行っている。


仏道には善と悪という素朴な言葉がある。


悪は心が混乱していて、ストレスがたまる状態
目的にかなっていないというニュアンス

善は上手になされている状態。目的にかなっている。

よいことにすり替えることを「偽善」という。


どこで務めているのかを聞かれた時にどぎまぎしてしまったことが、わるいことの始まり。


意識的にドキドキしてしまったわけではない。


触(そく)

目や耳や口、思考 六つの入力期間 六処(ろくしょ)


六処→触→受→(渇)愛  →取(着)(しゅ)
↑         →有愛
さかのぼると    →無有愛 
名色(体の状態)




刺激が心と体に影響を及ぼす。

ショックを受けると、愛を求める。

これらの流れが一瞬で起きる
自慢したいというのは、渇愛。
欲しくて欲しくてしょうがない状態。


さかのぼると、名色(みょうしき)という状態
これは体の状態。



夢についての話

絶えず考えは入れ換わる
より心地よい、不快になるといった気持ち

ある衝動が心を占める
すごくうれしいとか、悲しいとか。
感情がこびりつく

夜寝る前に思い出す

ところが私たちの心は、ずっと刻みつけられたことを避ける
心の システムとして、忘却性がある

一晩寝たら治ることがある。
とても気にしている情報を切り刻んで、よくわからないものに書き換えてしまう。
目が覚めたときは覚えていても、覚えられない。

それは忘れられることをしていくことになるが、
そうではない。記憶は残っておる


心がぐちゃぐちゃに覚えると言うことをやっている

無明(無知)
自分で認識できない領域のこと。
パンドラの箱的なもの




相手のためというデータ(慈悲)じひ
実際は押し付けをやっている(見)けん


慈悲で見を塗りつぶそうとする。パンドラの箱に入れる。

どんどんと自分がどんな人間かわからなくなる。

自分の心の中が変わってきてしまって、どうなるかわからない。

理路整然と話そうと思っていても、話が飛んでしまう。
そういう感じになる。


「迷妄」めいもう




名色
心と体の状態がピッと定まる時がある。
過去のいやな感情が意識下でざわざわしている。

とても常識に反しているように思う





人がいると人に気をとられるが
人大切だとおもっているから

人間はどう思われるかということをものすごく意識する

(中略)
=====================

私たちはとても孤独なのではないか?

静かにすべき場所で静かにしない人がいた
1回、2回、3回め「ルールを守れ!」と思っていた。
怒っていた。

その日その人は、静かだった。空振りした気持ちになった。
ちょっと落胆した気持ちになる。

ひそかに私たちは怒りたいと思っている
空振りすると、意外に手ごたえのなさを感じる。
それががっかりした、という感じで「怒る」ということで実現している。

私たちの意志に自由は存在しない。
=====================

このネットワークのことを「縁起」という
寄りあっていて、ある現象がはじまると、自動的に次の衝動が起きること

相手のせいでむかついていると思っているが、
それをうるさいと思わないという選択肢もある。

ひとは最初から不愉快になろうとしている。



私たちは何をしようとするかというと、
心地よくなりたいとか、幸せになりたいとおもうようになるのではなく
反復したいと思うようになる



相手のせいでとかと思っているが、
人間はもとからそうしたいと思っている。



孤独に自分のパターンを繰り返そうとする


この陰鬱な事実を知ったうえで、次にいこうとするのは大分ちがう

自分の繰り返してきた行動パターン→業



自分の心のゆがみを相手の心のゆがみととらえてしまう。


相手に大事にされたいと思う気持ちを、大義名分に置き換えて相手を責めてしまう。

自分は正しい、相手が間違っていると

パンドラの箱が肥大しているというのは、自我が肥大しているということ。

自分の誇りが失われていく。

=======================

駅の売店で

なぜ、乱暴な取り扱いをしてしまうのか。
決してそうしようと思っていたわけでない。

認識していないので、繰り返してしまう。
また、自分もそうしているのに、他人がやっていることが気になってしまう。

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怒りたくなる時、否定したくなる時、
自分がそうしたことを抑圧していること。

ひとの振り見てわがふり直せというのは、理にかなっている。


=========================

サブリミナル効果


一瞬見た映像は意識下で認識されている。

「識」 無意識化に非常に多くの情報を認識している。


=========================

勝手なネットワークでながれているだけなのに、自分で自覚的に行動しているように思う。

妄想させられているともいえる。

因果のネットワークを断ち切ることも不可能ではない。

1)受→愛の間で断ち切る
瞑想などで断ち切るしかない。


2)愛→取の間で断ち切る
感じる部分はしょうがないが
自分のネガティブな局面に気付く
自己認識が重要
いつもはパンドラの箱に入れているものを
気付いて挙げる。無明のふたが開いて出ていく。

自分の心のゆがみに気付くこと。
それを繰り返すことで、支配されなくなる。

自分の心を探すことは無理だが、いやな感情をごまかさずに認めていくことでだんだん自分を知ることができる。
自分に勝つことができる。克己


仏教では、このように気付いていくことを、無明に光を当てるような意味でで「念」という。

ある感情をボツにできる。
いやな衝動を与える無意識化の衝動が減ってくる。

本質的な自分を知ることで、嫌な自分を知ることになるが、それを乗り越えていくことで、克服できる。



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以下、質疑応答

Q
よい業を増やすには?

A
悪業の話をしてしまいがちですが、良い業も大切。

怒らないとか、渇愛の欲望にとらわれないということ。
そいう言う感情でたいすることで良い業になる。


水を差しだすにせよ、自分が良く思われようと思ってやるとだめ。
その気持ちを認識し、3秒待って、自分を落ち着かせて行動する。
それが良い業になる。

鎮まるのをまつ。

もう一つのアプローチは、一般的な仏教に関心のあるひとは、「よいことをする」
ボランティアや寄付など。

人のためになることをすると、こころが落ちつくので。
でもこの感情はとてもあやしい。


=====================================
Q
日本人の自殺率の高さ、幸福度の低さはなぜか?
どうすればいいか。

A
私に解決するのはむりだという前提で・・・

わからないことを、わかろうとするのがダメ。

自分をコントロール

よく思われたいと思う感情にまきこまれてしまう。
自分のできること以上にやろうとしなくてはならなくなる。
さらにそれをごまかさなくてなならなくなる。

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自殺については・・・
今日のテーマに則して言うと、、、
私たちは、●と●と●とあると幸せと思いこまされている。

そういうリストが多くある。配偶者や恋人とか。お金とか。
自己実現をしていないと幸せでないという、強迫観念が植え付けられている。

仕事で成功していなくてはならないとか、他の人にできないことでないといけないとか、
一種のナルシチズムに近い。

人生は、なかなか満たされないものである。
車や家ならがんばればいいが。。。
充実した仕事とか、配偶者とか・・・・

私たちが何か欲しくなる時、それは、それが無い時。
持っていない時にに欲しくなる。

水が無いから、水が欲しくなる。

見えそうで見えないから、見たくなる。

(恋人との関係も)
うまくいっていないうちは、ドキドキするが、慣れてきてうまくいくようになると刺激がなくなる。


できないことがあると自己評価が低くなる。

(今の世の中)あまりにも実現が困難なリストが提示されている。
向いていること、向いていないことの切り替えができない。

プライドがじゃまをして切り替えができない。

その自己否定感覚が人の命を奪ってしまう。


かといって、リストを満たしている人が幸せかどうか。

満たしているから、幸せなんだという自己洗脳の場合がある。
幸せな自己洗脳の中で苦しんでいる人もある。

[ 2010/06/21 07:16 ] 講演会 | TB(0) | CM(0)
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ベネッセで雑誌とWebのメディアマーケティングを担当する部門のブチョー。ソフトバンク・アカデミア外部1期生(現在参加中)。
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