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佐野元春 共感伝達としての「音楽」と「言葉」

先週の夕学五十講の講演は、佐野元春さんによる、共感伝達としての「音楽」と「言葉」というタイトルでした。
朝から元春サウンドに身をゆだね、万難を排して会場に駆けつけました。いつもよりも多くの席が作られていましたが、超満員。やはり、アラフォー世代以上が多いのですが、最近のテレビ番組の影響か若い世代の方たちもちらほら見られました。

ソングライティングとは何か?

そんな大テーマに対しての元春節のなかから、心に留まった内容を紹介します。

ソング・ライティングとは何か?
何の役にたつのか?


自分を知る作業
共感を求めるための作業


そうしてできあがった歌は誰かを感動させることがある。
でも、勘違いしてはいけないのは、自分が誰かを感動させたのではなく、それを聞いた誰かが共感したから感動が生まれた、ということ。


↑この最後の勘違いしてはいけないポイントというのは、表現者が常に気を付けなくてはならない姿勢だと感じます。
自分に酔ってしまった表現というのは、他人には冷めて映ります。

(良い詩を書く人は)
スケッチ、デッサン力が強い。
独自の視点でのスケッチする。
自分の心の目で感じ取る。

(ソング・ライティングとは)
世界を友とするための作業。
世界を仲間とする。苦痛と忍耐が伴う。


↑こういうことを、ゆっくりとした口調で、真正面から言い切ることができる佐野さんに、私たちは光を見るのだと思いました。

優れた歌詞の条件とは?

・他者へのやさしいまなざしがあるか。
(自分だけではなく他者に向けた視点)

・生存への意識があるか。

・言葉に内在するビート(韻律)に自覚的かどうか。

・文字だけで読んだとき、ポエトリーとして成立しているかどうか。

・自己憐憫でない詩。
(作詞家にとって陥りがちな罠)

・普遍性がある。時代、性、国籍、年代を超えている。
(詩というのは人がそれに対して価値を感じてくれた時に力を持つ。詩は作るのではなく、発見されるものである。)

・音と言葉の継ぎ目のない連続性があるか。

(メロディが先か、言葉が先かわからないくらい)

・共感を集めることに自覚的か。
(なぜ私たちは詩を書くのか、ということにつながる)

・よいユーモアの感覚があるか?
(いちばん大切かもしれない)
※ユーモアは絶望の裏返し。愚かさや弱さを認めたうえで何とかやって行こうとする意識。


↑行間でぽろっとおっしゃった、「詩は作るのではなく、発見されるものである」「ユーモアは絶望の裏返し」という言葉が非常に心に刺さりました。

なぜ自分は曲を書くのか?

自分自身の癒し、解放につながる。
誰か他の人の痛みに触れてしまう作業。

世界をよりよく変革するための武器。
世界を友にするための道具。

自分が自分であることを確認できる。



共感伝達としての「音楽」「言葉」

すべては想像力。できることは無限。
誰もができること。だからこそ誰にも介在させない。邪魔をする者には全力で立ち向かう。

夢を見る力をもっと。
これが、今日、一番訴えたいこと。



質疑応答のなかで、東日本大震災後佐野さんが発表されて、賛否両論かなり話題になった、『それを「希望」と名づけよう』についてのコメント印象的でした。↓

あれは、まだ音がついていない詩なので、まだ、自分のなかでは完成したものではない。
911の時もそうだったが、311のようなことがあって・・・
緊急時にアーティストは何をしないといけないか?突き付けられた気持ちになる。
表現者として負けたくない。なんとか凌駕できないかと思う。
正しいか、正しくないかは全く考えていない。

それが表現。アートである。
そう思う。


↑この姿勢、この気持ちですね。「負けたくない」と思えることが表現者の条件ですね。

講演の最後に、今日の一番のメッセージだった「夢を見る力をもっと」に合わせて、最後に「佐野さんの夢は?」という質問がありました。
少しおどけて「個人的には大した夢はない」と答えた佐野さん。
このあたりの、若干立ち位置の危うげな前のめりな感じが佐野さんの持つチャーミングなところだと、改めて思いました。

元春サウンドを、最初に聞いたのは中学2年の時です。
忘れられない夜になりました。ありがとうございます。

松崎哲也


以下、追記部分は公演中にとった個人用メモです。よく意味が分からないと思います。


20110527夕学五十講 佐野元春 共感伝達としての「音楽」と「言葉」

NHK教育テレビ ザ・ソングライターズ で放映している

音と言葉の創作ノート

今日は、音楽の中の言葉の焦点、詩について。

果たして、訴えかける力があるのか?
世の中への伝播、影響力を考えると、ソングライターたちこそが現代を生き抜いている詩人なのではないか。
ソングライティングは文学や芸術と比べてもそん色のない一級のものではないか。


(曲作りにおいて)
・リズム
・メロディ
・言葉
・サウンド
一連の作業として考えている

音楽を伴った言葉
言葉を伴った音楽

言葉とメロディの不思議な関係。
厳しい言葉でもメロディで和らぐ。
メロディや韻律や声色が変わると変容していく。
ここが一番難しい。
なので(番組では)様々なひとと一緒にやっている

学生たちのまなざし
ビデオやYouTubeなど、映像に頼った世代かとおもっていたが、言葉に対する感性は僕らの時代よりも高い。



詩とは何か
それは、メロディよりも難しい

高村光太郎
詩は一種のエネルギーだ

西脇順三郎
現実は本来つまらないものだ

萩原朔太郎
詩とは主観的態度によって認識される

WHオーデン
詩人に詩を書こうとする衝動が生まれるのは、彼の想像力が聖なるものと想像することからである。

詩とは何か?
「聖なるもの」というところにあるのではないか。



ソングライティングとは何か?
何の役にたつのか

自分を知る作業
共感を求めるための作業

そうしてできあがった歌は誰かを感動させることがある。
でも、勘違いしてはいけないのは、自分が誰かを感動させたのではなく、それを聞いた誰かが共感したから感動が生まれた、ということ。


普遍性を獲得する作業。
どうやって普遍性を得るか。

その時々の自分の気持ちに・・・

(良い詩を書く人は)
スケッチ、デッサン力が強い。
独自の視点でのスケッチする。
自分の心の目で感じ取る。

(ソングライティングとは)
世界を友とするための作業。
世界を仲間とする。苦痛と忍耐が伴う。




韻律を解析する。

俳句をビート(拍数)で解析する。
文字の数は5・7・5だが、拍数で分解すると、4拍+4拍+4拍+4拍=16拍の4小節でできている。4小節めは、無音の余韻。

4小節目の無音の部分で、何かを感じないか
余韻のなかで感じる世界はスペクタクル

実際は文字がない。そのなかで情緒のようなものを感じる。
日本人はすばらしい感受性を持っている。



一方、日本の詩のリズム(自由詩ではどうなっているか)

北村太郎 「1952年のイメージ」という作品

韻律を踏んでいる。頭でインを踏んでいる
頭韻 という。

もうひとつの韻の踏み方。
脚韻(ライミング)





詩が力を失っているのではないか?

感性で作るのも大切だが、何曲も作るとなると、技術と経験が必要。
ポップソングは時代の表現であり、時代を超えたポエトリー

言葉(詩)の要素
・音
・映像
・意味
三位一体の表現



優れた歌詞の条件とは?

・他者へのやさしいまなざしがあるか。
(自分だけではなく他者に向けた視点)

・生存への意識があるか。

・言葉に内在するビート(韻律)に自覚的かどうか。

・文字だけで読んだとき、ポエトリーとして成立しているかどうか。

・自己憐憫でない詩。
(作詞家にとって陥りがちな罠)

・普遍性がある。時代、性、国籍、年代を超えている。
(詩というのは人がそれに対して価値を感じてくれた時に力を持つ。詩は作るのではなく、発見されるものである。)

・音と言葉の継ぎ目のない連続性があるか。
(メロディが先か、言葉が先かわからないくらい)

・共感を集めることに自覚的か。
(なぜ私たちは詩を書くのか、ということにつながる)

・よいユーモアの感覚があるか?
(いちばん大切かもしれない)
※ユーモアは絶望の裏返し。愚かさや弱さを認めたうえで何とかやって行こうとする意識。



なぜ自分は曲を書くのか。
自分自身の癒し、解放につながる。
誰か他の人の痛みに触れてしまう作業。

世界をよりよく変革するための武器。
世界を友にするための道具。
自分が自分であることを確認できる。


共感伝達としての「音楽」「言葉」

すべては想像力。
できることは無限。
誰もができること。誰にも介在させない。

夢を見る力をもっと。
これが、今日、一番訴えたいこと。


※2003年のライブステージ(ビデオ放映)

以下質疑応答


スポークンワーズと歌詞とに違いはない。
こぼれてしまう言葉の受け皿として、フリーフォームのスポークンワーズがある。



視覚の効果について、音と映像の効果は?

→昔は、ラジオから曲を聴いていた。MTVができてから、自分のイマジネーションが現てされてしまうと感じた。期待をしながらも、陳腐化する危険もある。
ツールとしては、アーティストとしてチャレンジしていきたい。


今の若者が言葉に対する興味が高まっていると感じるポイントは?

→映像からの情報で物事を把握することが多いのではと思っていた
若者は映像を信じていない。もっと信じられるものとして、言葉に戻っている。
他とどうコミュニケーションできるのか、に関心がある


→聞き手は作者の経験を追体験している。
経験がかみ合う場合は、共感につながる。かみ合わない場合は全くダメ。
しかし、それこそが表現である。


読み手が変わると意味も変わることについてはどう考えるか?

→自分が書いた詩が違う読み手に読まれることでの可能性は感じている。
読み手によって必ず意味は変わる。
番組でも実験しているが、音をはずして、詩だけで読み上げてみると、ちがう印象が出る。作り手自身も歌詞のポエトリーに気付いていないことが多い。



タイトルの付け方 テーマの選び方について、約束の橋 詩の中に約束という言葉はない。どうやってつけるのか?

→さびの1行目をタイトルにするのは安易。対象化してして他人の作品のようにとらえて、印象をタイトルつける。



洋楽は歌詞の意味がわからなくても、感動することがあるが、詩の持つ意味は?

ポップソングを聞くのにルールはない。(だから、詩がわからず聞いていてもいい)
しかし、歌詞の意味を知りたくなるのは、自然な行為ではないか。
マービンゲイのホワッツゴーインオンは、音だけ聞いているとスムースなR&Bの名曲だが、歌詞の内容は放射能などの反社会的(反戦をテーマにした)内容。
やはり、歌詞の内容がわかった方がいいのではないか。


表現者の自分として、伝える場として一番強いのは舞台。ステージ。
できればライブですべての経験を共有したい。してほしい。
しかし、伝えてくれるメディアはなんでもいい。
レコーディングをするわけだが、表現のゴールはCDではない。ライブである。
そこで演奏して初めて、オーディエンスとの間で曲が完成すると感じる。
ツアーのなかでアレンジも変わっていく。


「それを希望と名付けよう」はどんな誕生か?

→あれは、まだ音がついていない詩なので、まだ、自分のなかでは完成したものではない。
911の時もそうだったが、311のようなことがあって・・・
緊急時にアーティストは何をしないといけないか?
突き付けられた気持ちになる。
表現者として負けたくない。なんとか凌駕できないかと思う。
正しいか、正しくないかは全く考えていない。
それが表現。アートである。
そう思う。



夢を見る力をもっとというメッセージがあったが、ソングライターとしての佐野さんの夢は?
→個人的には大した夢がない。(苦笑)
歌詞の主人公は自分自身ではない。
僕に似た誰か(といえばいいか・・・)。として設定している。本当に、普段はたいした夢を持っていない。(苦笑)



[ 2011/05/30 02:05 ] 講演会 | TB(0) | CM(0)
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Author:松崎哲也 (love365)
ベネッセで雑誌とWebのメディアマーケティングを担当する部門のブチョー。ソフトバンク・アカデミア外部1期生(現在参加中)。
「発信内容は個人の意見であり、必ずしも組織の見解と一致しているわけではありません」

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